A Noisebuster's Memoranda

本研究室において遭遇した憎っくきノイズや音響機器等のトラブルについての覚え書きです。ノイズに悩まされるみなさまの参考になれば幸いです。

ECM のバイアス用乾電池が出すノイズ

本研究室では、ECM (electret condenser microphone) を用いて音響信号を収録している。 先日、新調したスピーカ・アレイの各ラウドスピーカの逆フィルタを設計するためにインパルス応答を測ろうとしていた。
 ECM は EM258N (Primo)、マイクプリアンプは QuadMic (RME)で Low cut してゲインは 30 dB、ADC は Fireface UFX (RME) で入力ゲインは 24 dB。 ECM にはアルカリ乾電池二個で 3V のバイアス電圧をかけて、QuadMic の平衡入力端子に不平衡のまま接続している。

この録音系で、実験室の背景雑音スペクトルを観測すると、120, 240, 360 Hz にハムノイズ成分が出ていた。 卒論生と一緒にハムノイズ退治をしていたところ、ときどき、プチッ、プチッとパルス状のノイズが不規則に混入することに気づいた。 ヘッドホンを渡して聴かせると、学生はようやくそれに気づいた。

コネクタ部分の半田づけを確認するも問題なし。ECM にバイアスを与えている乾電池かもしれないと思い、 学生に訊くと「昨日新品に換えました」という。それでは何が原因なんだろう? 各部の接触を再確認した後に、ECM のバイアス回路の単三アルカリ電池を取り出してみると、マイナス側の電極になにか白いものが附着していた。 漏れ出した電解液が固まっていた。どうやら「古品」だったようだ。

「新品」の乾電池に入れ替えると、パルス状ノイズは発生しなくなった。

磁気モーションセンサ Liberty の静音化

本研究室では、磁気モーションセンサを用いて頭部運動などを計測している。 昨年 2 チャンネルで位置と角度の計測が可能な Polhemus社の Liberty を導入したのだが、防音室内で動作させるとかなり大きな騒音発生源となった。 カバーを外して中を見ると、前面パネルの裏にブック型のDCファン(SUNON EE80251S3- 000U-999)が二つ、 鉄板に取り付けられていた。このファンの回転に伴う鉄板の振動と後方から排出される風切り音が騒音源と睨んだ。

そこで、冷却ファンを Noctua の NF-A8-PWM と交換することにより、Liberty を静かにさせることにした。 回転数は SUNON が2600 rpmで Noctua が2200 rpmであるが、流量と静圧はほぼ同じ。また、いずれも 12 V の電圧をかけたときに約 90 mA の電流が流れる。 スペック上の騒音レベルは SUNON が 28 dB、Noctua が 13.8 dB である。単体で動作させたときの騒音レベルだろうから、装置に実装したときにはこんなに静かなはずがない。

改造により保証は効かなくなるが背に腹は代えられない。SUNON のファンを取り外し、Noctua の NF-A8-PWM を装着した。NF-A8-PWM の四隅には防振ゴムが被されていて、パネルへの固定ピンも防振ゴム製である。 NF-A8-PWM は回転数を PWM 制御するために制御線が2本出ているが、コネクタの 1,2 番ピンで DC12V だけを供給した。

防音室の床に置いた Liberty 後面の排気口から後方斜め上 0.6 m の地点で測った騒音レベル LA は 38 dB から 29 dB に下がった。 動作騒音スペクトルを見ると、ファンを換えることにより228, 260, 280、456、532 Hz に立っていたスペクトルピーク成分がなくなるとともに、 400 Hz から 3 kHz の帯域におけるスペクトルレベルが 572 Hz と 1 kHz 以外では最小可聴閾値以下になった。 この結果、Liberty の動作騒音は知覚的にもかなり静かになった。Liberty を吸音材で覆い受聴者から離して置くことによって、音の実験も支障なくできそうである。

なお、動作騒音スペクトルを測定したとき、防音室内のノイズフロアー・スペクトルにはおなじみの 168 Hz と 240 Hz の成分が立っていた。 こいつらは電磁的なノイズではなく、躯体を伝わってくる振動によって発生している音響ノイズである。 それらの音圧レベルは最小可聴閾値以下であり問題はないのだが、スペクトルを描くと自己主張する。 屋上にある空調機器か、1階にある工作機械か、発生源を探しまわったこともあるが、未だに特定できていない。 シビアな音響計測をする場合には、これらのノイズ成分が出ていない静かなときを選ぶようにしている。(2018年2月15日)

ヘッドホンアンプのゲインの左右差

本研究室では、ヘッドホンを駆動するヘッドホンアンプに AT-HA20 (audiotechnica) を用いている。 AT-HA20 は パワー・オペアンプ TEA2025L (UTC) を用いた、ごく普通のヘッドホンアンプである。

ただし、バイノーラル信号を再生する実験では、左右チャンネルにそれぞれ一台の AT-HA20 を使っている。 その理由は、ヘッドホンアンプの内部で生じる電気的なクロストークから逃れるとともに、モノ信号を入力したときに 左右のヘッドホンから再生される音の音圧レベルを同じにしたいからである。

ある AT-HA20 の両チャンネルに全く同じ 1 kHz の電圧信号を入力したときの、ボリュームの位置(回転角度)に対する左右チャンネルのゲイン(電圧利得)差を下図に示す。 まず、ボリュームの位置を変えると左右チャンネルのゲインの差は変化した。次に、左チャンネルのゲイン(GL)は右チャンネルのゲイン(GR)よりも常に高く、そのゲイン差は最大で 0.8 dB (約 1.1倍)であった。

この左右のゲイン差は、入力端子直後に接続されている 50 kΩ の二連可変抵抗器の個体差に起因したものと考えられる。 おそらく、二つの可変抵抗器で軸の回転角に対する抵抗値がわずかに異なっているのだろう。

音楽を聴くのであれば、このような 0.8 dB の違いはさほど問題にならない。しかし、音の実験を行うときにはこれは放っておけない。 ヘッドホンアンプに接続するヘッドホンの感度も左右で全く同じではない。そこで、左右チャンネルにそれぞれ一台のヘッドホンアンプを使い、それぞれのボリュームを調整して、 例えば、 1 Vrms の 1 kHz の正弦波信号を入力したときに、左右のヘッドホンから出力される信号音の音圧レベルを等しくする必要がある。 音の実験を行う場合、こういった使用音響機器のキャリブレーション(較正)は欠かせない。

なお、ディジタルアンプでは、ゲイン調整、つまりボリュームの増減もディジタル処理しているものがある。 このようなものでは、ボリュームつまみの奥にあるのは二連可変抵抗器ではなくロータリー・エンコーダである。それで読み取ったパルス値に対応した数値で増幅度が決まる。 たとえば、TA-F501 (SONY) のヘッドホン端子で測定した"ボリューム"位置に対する左右チャンネルのゲイン差は下図に示すとおりである。"ボリューム"位置による左右のゲイン差の変化は少ない。

なお、現役として活躍しているアナログアンプの AT-HA20 はいまでも入手できるが、ディジタルアンプの TA-F501 はとっくにディスコン(discontinued: 製造中止)となっている。(2017年4月3日)

続・はじめての聴覚実験— ディジタルな世界に棲む人々に伝えたい、音を鳴らし、測り、聴き比べるときのお約束 —, 日本音響学会 聴覚研究会資料 Vo.40, No.8, H-2010-115, 635-640, (2010. 10 能美) (PDF 396kB)

Windows 7 と USB-AIF

旧聞になるが、2013年の末に研究室のコンピュータを全て Windows 7 の 64 bit 機に換えたとき、その余波がいくつか現れた。 その一つが、USB オーディオインタフェース UA-101 (Roland) を複数台接続したときの不具合であった。

新調した Win7 の実験用コンピュータに UA-101 を1台だけ接続したときは何の問題もなく信号の入出力ができる。 しかし、スピーカアレイからマルチチャンネルで刺激音を出力すべく、3台の UA-101 を接続すると、2台目と3台目の UA-101 からは正常に信号が出力されない。

音の入出力には pa_wavplay を用いている。 pa_wavplay は MATLAB から ASIO を介してマルチチャンネル信号の入出力を行う関数だが、 win32 版の mex ファイルしかリリースされていない。 そのため、 pa_wavplay は、MATLAB の 32 bit 版でしか利用できない。(MATLAB の 32 bit 版は Win7, 64 bit マシン上でも動作する。)

新調した実験用コンピュータの CPUは i7-4770、マザーボードは Z87M-D3H である。OS を Win7 の 32 bit にしても 64 bit にしても状況は同じ。 もちろん UA-101 のドライバーは OS に応じて 64 bit ないし 32 bit 版をインストールする必要がある。 また、UA-101 をフロントの USB2 ポートに接続しても、リアの USB2 ポートあるいは USB3 ポートに接続しても状況は同じ。 しかし、その少し前に導入した別の Win7 コンピュータ(CPUは i7-3770、マザーボードは Z77M-D3H)では、このような不具合は生じない。 したがって、不具合の原因はソフトウエアではなくハードウエアであると判断した。

そこで、Renesas 社製の μPD720101 を搭載した USB カードと、VIA 社製の VT6212 を搭載した USB カードを導入。 それらを件の実験用コンピュータに装着して用いると、全く問題なく3台の UA-101 から信号が出力され、一件落着。

なお、portAudio を利用してマルチチャンネルの音信号を入出力する playrec を用いた場合も、不具合の状況は同様であった。

この不具合の解決にあたったのは M1 の小島君だった。多謝! (2017年4月3日)

ワイヤレスヘッドホンとマイクアンプを
電池駆動したときに発生するノイズ

2014年の移動型テレヘッドは、両耳に小型マイクロホンを設置したダミーヘッドを移動プラットフォーム (Blackship: Segway) に搭載し、 収音したバイノーラル信号をマイクアンプ (AT-MA2: audio-technica) で増幅した後にワイヤレスヘッドホン (RS-220: Sennheiser) に入力し、 離れたところでバイノーラル再生するという構成であった。

通常、AT-MA2 も RS-220 の送信部もマイクアンプも専用の AC アダプタを用いて DC 9 V を供給する。 流れる電流は RS-220 が 160 mA (受信部の充電時は 250 mA)、AT-MA2 は 12 mA 程度である。 それらを載せた移動プラットフォームが自由に動き回れるように、図1に示すように 12 V のバッテリから AT-MA2 とRS-220 送信部に電源を並列に供給した。 定格電圧は 9 V だが 12 V を印加しても問題ない。バッテリーから電源を供給しても AT-MA2 と RS-220 はきちんと動作し、入力信号がヘッドホンから再生された。 しかし、その再生音にはフワーンという定常的な雑音とプチップチッというクリック雑音が重畳した。

 

この雑音は、AT-MA2 のゲインを絞っても、マイクロホンを取り外しても、RS-220 送信部の位置を AT-MA2 から遠ざけても減らない。 オシロスコープでバッテリーのプラス側とマイナス側の間では、周期が約 2.5 ms, 約 30 mVp-p の歪んだ三角波(黄色)が観測された。 同時に、RS-220 の入力端子を観ると、同じ周期で反転した約 10 mVp-p の歪んだ三角波(水色)が観測された。 これが聴こえてきたフワーンという定常的な雑音の正体である。 ダメ押しに、発振器から正弦波信号を AT-MA2 に入力して鳴き合わせを行うと、約 400 Hz でゼロビートがとれた。 また、いずれの三角波にも大振幅のイレギュラーな部分があった。これがプチップチッというクリック雑音の正体である。 さて、これらの雑音はどこで発生しているのだろうか?

いろいろと調べた結果、正常動作時の RS-220 では、アナログ入力端子のマイナス側 (G2) の電位は電源端子のマイナス側 (G1) よりも約 50 mV 高いこと、G1 と G2 を等電位にすると上記の雑音が RS-220 の内部で発生することが判明。すなわち、RS-220 送信部と AT-MA2 に接続する直流電源を別々にしないと雑音が出る。

一つのバッテリーから AT-MA2 と RS-220 両方に電源を供給すると、バッテリーの GND ラインを通じて G1 と G3 が、アナログ信号ラインケーブルの GND 側の線を通じて G2 と G4 がつながる。 AT-MA2 の 電源端子のマイナス側 (G3) と出力端子のマイナス側 (G4) は基板上の GND ラインでつながっているので、G1 と G2 はつながることになる。

RS-200 送信部を単独で動作させた場合でも、電源端子とアナログ入力端子にそれぞれプローブを接続してオシロスコープで観測すると、同じ雑音が出現する。 プローブの GND ラインはオシロスコープ内でつながっているので、G1 と G2 がつながってしまうからである。片方のプローブの GND 側の接続を外すと、雑音はぴたりとなくなった。

現用の移動型テレヘッドは、高速 IP コーデックを用いてバイノーラル信号をワイヤレス LAN で送受しており、このようなノイズの問題は無い。(20017年4月3日)