神谷 和秀

 

芸術環境の中から生まれた工学への興味

私は愛知県出身なのですが、祖父が工場を経営していて、その敷地の中に住んでいたので小さい頃から色々な部品や機械が身近にあったんです。ものづくりの場が遊び場でした。今となってみれば素晴らしい環境だったとは思いますが、昔は生まれた時からずっとそうなので「当たり前かな」と思っていましたね。

祖父は元々東京で焼き物の修行をして独立し、陶芸の世界にも通じていました。粘土を捏ね、ろくろを回し、色付け後、焼成して、材料から製品ができるまでの一連の工程を目にする機会に恵まれました。そんな環境で育ったせいか、高校生の頃には当たり前のように機械を設計する人になりたいと思っていました。

 

 

研究は、未来に残していく仕事

縁があってものづくりのための機械について学ぶことができる富山大学生産機械工学科に入学。修士課程まで6年間を過ごし、勉強以外には軽音楽部でも頑張りました(笑)。現在も音楽との関わりとして,県立大学で軽音楽部の顧問をしています。顧問といえば,発明倶楽部の顧問も引き受けていて、熱心な学生さんが設計コンテストやアイデアコンテストなどで賞を取ったりすることも。私は裏方として,企業の最前線で活躍する技術者の方に学生を指導していただけるようにお願いをするなどしています。未来の設計者を育てたいという思いからですね。

 

 

 

学生時代,富山大学の研究室では光計測をしていました。幾何光学、光の回折、干渉、モアレ、画像処理、電気回路などによる計測技術を経験し、富山県立大学に採用されてからも光の粒子性や波動性を利用して光学部品など精密部品の形状誤差計測の研究を継続しています。光の干渉(光は波なので、波と波が重なり合うと山と山は強めあい、山と谷は打ち消してなくなり、縞模様ができる。その縞模様を解析すると光の波長を目盛りにして計測できる)がわかりやすいかもしれません。本学に採用された当初は工業的にレンズの金型を測りたいという目標があって、球面だったら従来型の干渉計で波の性質を使って測れるのですが、それが球面からずれてくると出てくる縞模様が多くなりすぎて測れなくなるという問題がありました。そこで私の師匠である野村先生(現在は本学名誉教授)が「ゾーンプレート干渉計」の研究に取り組まれる中で、私はレーザ描画装置(ミラーを削る加工機に描画装置を乗せ、加工機で基準を作る)を開発したり、ゾーンプレート干渉計から得たデータをフーリエ変換して解析していました。面白いもので,その当時必要に迫られて学んだ技術「フレネルゾーンプレート(FZA)、モアレ、フーリエ変換」を使って,現在はライトフィールドカメラの研究を行っています。様々な研究は、どこかで関連を持っていて,無駄になることは何も無いと感じています.また,一般的に技術は普及するまでに多くの労力と時間がかかります。今,役に立つかどうか分からない研究でもその記録を残しておけば、いつか誰かの役に立つ時が来るのではないかとも思うのです。

 

 

やり続けていれば何かがわかる

アナログの信号をデジタルに変換するにはよく知られたサンプリングの定理があります。ナイキスト周波数を超える高すぎる周波数はエイリアシングと呼ばれる偽の信号として取り込まれてしまうんです。この当たり前を疑って,エイリアシングをノイズと考えるのではなく、複数のA/D変換器で適切に処理をすればナイキスト周波数を超える信号を正しく復元できることを思いつきました。現在、学生達と一緒に基礎的な研究を行っています.ゆくゆくはライトフィールドカメラの技術に応用して,画質の向上や工業的に利用可能な距離センサの実現を目指していければと思っています。

加工技術と計測技術は、どちらが欠けてもものづくりは成り立たない。私は計測の分野から貢献したいと思っています.研究はやり続けていれば、わかること(わからないことも)が増え,どんどん面白くなってきます.工学部なので、社会の問題を解決することも必要かもしれません。しかし、役に立たなくても面白いと思うことを追求し興味の赴くままに研究を行って行ける環境も重要だと思っています。そして、研究室に配属された学生とは、教員と学生ではなく、研究者の先輩後輩として,このような思いを共有して一緒にテーマに取り組んでいきたいですね。



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