平原 達也

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音の研究を始めたきっかけは九官鳥

  工学の分野に進んだきっかけというのは特にないんです。理系文系、どちらも好きでした。高校時代の英語サブリーダーと世界史の先生の話は面白かったけれど、子どものころから化学の実験やラジオを作ったりしていたので、なんとなく理系かなと。医者は血を見るから嫌だなと思っていました(笑)。
 大学は、農学部へでも行こうかなぁと親元を脱出して札幌へ。当時の北大は、教養課程を終えると、農学部でも、理学部でも、獣医学部でも、薬学部でも進学先を選べました。しかし、下宿の先輩方の話を聞くうちに農学部も獣医学部もちょっと趣味に合わないなぁと、工学部の電子工学科へ進みました。卒論は医用電子工学(Medical Electronics)の研究室へ。そこで「音響学」に出会ったわけです。「九官鳥ってしゃべるだろう?どうやってしゃべってるか分かる?」「いや、分かりません」「世界中で誰も知らない。面白いんだけれど、誰もやらないんだ」「じゃあ、それやります」。後に知ったのが「気をつけよう、甘い言葉と暗い道」という研究室の標語。発想力あふれる若い助教授の先生が口にする面白そうな研究テーマに安易に飛びつくと苦労しますよぉ、という意味。幸い、僕の場合は、いろいろとやっているうちにだんだん面白くなっていきました。
 そこから、ヒトがどうやって音声を聴いているのか、聴覚の仕組みを具体的に知りたくなりました。そのためには、電子工学だけでなく、情報工学や機械工学、さらには、生理学や心理学の知識も必要になりました。一分野にとどまらない広範囲な基礎知識と好奇心を持つことが大事ですね。
 どうにか博士号を取得して、NTTの電気通信研究所に就職しました。大学と違って自分のやりたいことだけをやっているわけにはいかず、いろいろなこともやらされました。歳をとってくるとマネージメントの仕事が多くなり、これはかなわないなぁと思い始めました。縁あって、知能ロボット工学科ができるときに富山県立大学に転職しました。

 

 

「動けよ、さらば定位されん」

hirahara_img001 現在は主に「テレヘッド」の研究に取り組んでいます。これは私が15年くらい前に考案した造語です。テレビジョンとかテレフォンの仲間です。ダミーヘッドを遠くへ置き、その両耳につけたマイクが拾う音をヘッドホンで聴くと、自分の頭がダミーヘッドの所にあるように音が聴こえる。今、世界に2台しかありません。おそらく世界最高の追従性と静粛性を持つロボットです。動く時に動作音がしない。僕たちが音を聴くときは、実はどんな場合でも必ず少し頭が動いている。生まれてこのかた、脳はそうやってどこから音が鳴っているかを判断してきた。脳内では頭が少し動いた状態で、うまく聴けるように回路ができているんだと思います。だから頭を止めて聴くと、間違えやすくなる。ところが頭を動かすと、すごく音の立体感がリアルになり、音の方向を間違えなくなる。「ダイナミック・バイノーラルシステム」と言います。それをここのところ力を入れてやっています。「動けよさらば定位されん」と。

 

 

「誰もしない」ことに意味がある

hirahara_img002 富山県立大学は大きな大学ではないし、平均的学力レベルの学生さんが多い。しかし、研究室での学生と教員との距離がとても近いので、うまくテーマを選ぶと、世界で誰もやっていない初めてのことができる。一緒に研究をやって、結果を発表して「どうだっ!」ていうのが一番面白いですね。研究方針は「流行は追わない」。つまり、皆がやらないことをやる。誰もいない所にパッと手をつけて、それなりのことをやって、それを皆が追いかけ始めるとパッと別の所へ行く。
 目指すところは、まず、ヒトが音声を聴きとる聴覚の仕組みを自分なりに納得すること。次に、それをヒトの聴覚能力の拡張や、コンピュータとヒトのインタフェースに役立てること。例えば、コンピュータやロボットは僕らの話し声や周囲の音を聴き取れるか?ずいぶんできるようになりましたが、私たちの耳と比べると、まだまだできないんです。どのようにすれば、私たちの耳と同じように聴けるようになるのか、その一つの方法は、私たちの耳の仕組みを理解することだと考えています。

 

 

受験生へのメッセージ

hirahara_img003 私たちの学生時代は必要なものを自分の手を動かして作っていた。最近は豊かになったからかそういう経験をしないで工学部を選ぶ人が多い。今からでも遅くないから、実際にノコギリやドリルやハンダゴテを使って、とにかく自分で作ったもので何かやろうよ、と言っています。研究室の壁に『私が作ったシリーズ』という写真をたくさん貼ってあります。これまで卒業していった学生諸君が作って、後輩がそれを使ったり、何か役に立てたりしているものです。
 知能ロボット工学科は、機械・電子・情報の三分野を広く学び、4年生の卒研配属時に、専門分野を決めることができるようになっています。高校3年生の時点では、これから学ぶ専門分野なんて決められないでしょうし、決める必要もないと思います。また、浅く広くだと専門を深められないなんて心配する人もいますが、4年生の卒業研究で十分に専門分野を深められます。

hirahara_img004 もう一つ高校生に伝えたいのは、「大学を偏差値で選ばないほうがいいんじゃないの?」ということです。試験の成績なんてどうでもよく「これをやってみたい」と関心を持ってやり始めることが重要なんです。そうすると伸びも大きい。私の研究室では、大学院生はみな国内外の学会で堂々と発表するし、博士号を取得して国立大学の先生になった卒業生もいます。

 僕自身は音声を聴き取る聴覚の仕組みを自分なりに納得できたら、いつ死んでもいいと思っています。そのために試してみたいことはまだまだあります。いっしょにやりませんか?

 

 

 

【プロフィール】

1978.3 北海道大学工学部電子工学科卒業、1980.3 同大大学院工学研究科電子工学専攻修士課程修了、1983.3 同博士課程修了。1983.4 日本電信電話公社電気通信研究所に入所し、ATR視聴覚機構研究所、NTT基礎研究所、国際電気通信基礎技術研究所経営企画部を経て、2000.7 NTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部長、2004.1 ATR人間情報科学研究所所長。この間、1987にMITの客員研究員、2003~2006に東京工業大学大学院総合理工学研究科、京都大学大学院情報学研究科、東北大学電気通信研究所の客員教授を務める。2006.4から富山県立大学工学部教授。



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