先輩からのメッセージ 津田 真理子 さん

   父が身体障害者で、祖母に育てられる中で、自然と医療や福祉関連に携わりたいと思い始めました。絵や工作などモノを作ることが好きで、人の役に立つモノづくり「工学分野」に携わりたいと感じていました。大学は普通の機械学科に行こうと思っていましたが、兄が「いろんな分野を学べるここがいいんじゃないか」と富山県立大学を勧めてくれました。福祉系の機器は大学でも見学する機会がありましたし、体が不自由な人に向けてコップひとつ、車椅子ひとつにしても色々な工夫がされているんだと感じました。  大学に入学してから学部まではあまり目標がなくて実は結構消極的だったんです。しかし大学院の2年間でもうちょっと大きなことをしてみたいという向上心が湧き上がってきました。将来、医療機器や福祉機器の開発の過程でヒューマンインターフェース(人の為になるツールとは何か)を考えることは不可欠。そこで、これらの分野のニーズからカタチにするためのプロセスにより深く関われる研究、研究室を選びました。ゼミ選びも非常に重要で、増田先生のゼミではバイクをばらして部品の数を数えたり、そういう経験がとても楽しかったですね。遊び心は研究にもとても大切だと思いました。大学院は本吉先生の元で、プログラミングツールの開発を通して、組み込み系の技術、ソフト・ハードウェアの両方の技術を身につけることができました。外国に3回も行けて、充実していましたね。学会で地震に遭い、丸1日停電する中で過ごしたこともありましたが、それでも、なんとかなっているんです。  

就職先について

 就職は初めて行った時に「ここだ!」と思った企業に決めました。理由は、やりたいと思えることが多くある環境で、ものづくりに対する自由度が高く感じられたこと。家庭から宇宙まで幅広く事業を展開し、見守りサービスなどの福祉機器の開発や医療機器開発も行なっている会社です。  ロボットを作る上ではいろんなことがあります。機械や、その中に組み込まれているプログラム系のこと、電子部品のこと。全て網羅して一つのものを作り上げたいなという気持ちが自分の中にありました。現在は工場ラインの制御設計(ソフト)に携わっています。具体的には機械を制御するプログラム、機械を制御するためのモニタの作成、対象物の良し悪しを判断するための画像処理を行なっています。ハードやソフトの両方の知識・多岐にわたる知識が必要で、わからないこともありますが、大学で基礎的なことは学んできたので、調べれば理解できています。働き始めてまだ半年。それでも現場に行って、画像処理の調整により設備がちゃんと動いた時には「やった!」「次はこの点に気をつけよう。次はこうしてみよう!」と思います。  

大学生活を振り返ってみると

 興味がその道を開いて連れて行ってくれるのかなと思います。入ってみてすごく楽しい大学だったなと。先生とご飯を食べるとかちょっとしたことでもとても楽しかった。課題の量は多いですが、仲間と一緒に乗り越えられました。在学中、研究や学会、テストが重なり、一つのことに集中して取り組むことができなくなった時、どれも中途半端になるのではと追い詰められたりしましたが、そんな時は、奨学金・授業料免除を受けている自分の責任を思い出し、気持ちを奮い立たせました。結果、国際学会で賞を受賞したり、研究助成金の申請が通ったり、院生2年間の奨学金が免除になるなど様々な成果を出せました。やるべきことが複数あっても最後までやり抜く力が身についたのはこのおかげです。  将来的にはやはり医療機器(翻訳機は福祉機器でしょうか?)を作りたいですね。私が幼い頃、父が脳出血で倒れ、その後遺症として身体障害だけでなく言語障害が残りました。体が動かせないことよりも自分の伝えたいことが伝えられない苦しさを近くで常に感じてきました。言語障害者に向けた言語翻訳機を開発したいです。目標に向かって日々成長し、社会に貢献したい。そして仕事だけでなく、幸せな家庭を築くのが夢です。


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