ショパンの最後に出版されたマズルカ
(嬰ハ短調, Op.63 No.3)

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1. 音楽表現のニュアンスを聴いてみる

Chopin's Daguerrotype

フリデリック・ショパン(1810 - 1849)は、はっきりとマズルカを崇拝していました。彼は他のどの音楽よりも多くのマズルカを作曲し、10代の頃からその短い生涯の終わりまでで、合計約60曲を作曲しました。そのうち45曲は、生前、彼の承認を得て出版されました。

元はポーランドの民族舞曲であったマズルカを、ショパンはピアノ独奏曲において、芸術的な感情表現の頂点へと高めました。

彼はかつて、自身のマズルカは「踊るためのものではない」と記していました[1]。活発な曲もあれば、テンポの遅い曲もあります。伝統的な踊りのリズムはあくまでも参考に、またはインスピレーションとして捉え、彼はそれら全てに彼独自の繊細な表現技法、とりわけショパン自身が音楽の感情世界を表現するために用いたポーランド語「żal(ジャル)」を吹き込みました[2]。この言葉は、後悔、憧れ、懐かしさ、憂鬱、悲しさなど、様々な感情を表すことができます。

3曲からなる作品63番のマズルカは、彼が出版のために送った最後の作品です(1847年)。最後の曲、作品63番の№3はCシャープマイナー(嬰ハ短調)で、偶然にも、何年も前に作曲された「レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ」と同じ調性です。テンポはアレグレットと記され、主要主題はクヤヴィアク[3](ポーランドの5つの民族舞曲の一つ)の性格を持ち、マズルに比べると、より穏やかで、ゆっくりとした、歌のような響きを持ちます。

この短い曲は3つの主要な部分から構成されています。第1部(1~32小節)は主題(メインテーマ)を述べています。第2部(33~48小節)は、相対的長調(変ニ長調、嬰ハの異名同音)による対照的なエピソードです。これはソット・ヴォーチェ(小声)で始まり、和声的な転調を通して徐々に強まり、第3部(49小節以降)では元の主題が前よりもさらに切なく現れます。最後の数行(65小節以降)では、ショパンは主題を一種のノスタルジックな(懐かしさを感じさせる)二重唱で示し、下声部が上声部の旋律を反響させます。これはバッハと対位法に対する彼の愛着を示す例です。繊細な切なさを帯びた後、力強い華麗な演奏で曲は終わります。

ここで、この最近出版されたマズルカの以下の5つの録音をお聴きください。演奏者名は、聴取時の偏見を避けるため、意図的に伏せています。全体的な音量の違いや、古い録音技術による表面ノイズといった音質の不備は無視してください。その代わりに、各ピアニストの表現力、ショパンのメロディー、ハーモニー、リズム、彼の魂、そしてジャルがどのように表現されているかに耳を傾けてみてください。


録音 A


録音 B


録音 C


録音 D


録音 E


同じ楽曲でありながら、5つの異なる演奏が披露されています。時折類似点も見られますが、それ以上に注目すべきは、アプローチ、気質、感情表現における違いです。演奏全体の演奏時間は、最速で2分弱、最遅で2分35秒です。同様に印象的なのは、ニュアンスの違いです。旋律の輪郭の形成、左手の和音のアーティキュレーション、テンポ・ルバートの増減、そして特定のフレーズの強弱などです。

例えば、61小節~62小節目では、楽譜に明確な強弱記号がないにもかかわらず、あるピアニストはフレーズの強弱を強めるために、音を大きく速くして、休符で突然止めていますが、他のピアニストは、全く逆の方法で、より音を弱くゆっくりと、より慎重にすることで「強め」ています。

61-62小節のみ、A-B-C-D-Eの順

結局のところ、音楽家は練習し演奏するそれぞれの曲の真髄を掴むために生涯を費やします。しかし、ショパン自身は、どのように演奏されることを望んでいたのでしょうか?正確には知る由もありません。しかし、彼が自身の音楽の様々な解釈を受け入れていた可能性も否定できません。例えば、1848年にグラスゴーで行われた演奏会では、ショパンは「…有名な変ロ長調マズルカ(作品7、第1番)がアンコールされ、最初の曲とは全く異なるニュアンスで再演した」と伝えられています。[4]

綿密に研究された原典版楽譜(可能な限り作曲家の意図を再現することを目的とした楽譜)は、曲の演奏方法をある程度までしか示していません。それを超えるのは、演奏者の個性とその時のインスピレーションであり、理想的には演奏実践に関する知識と、作曲家の作品と共に歩んできた長年の経験によって裏付けられます。

あなたはどの録音が好きで、どの録音が嫌いでしたか?また、どれが気に入りましたか?その理由は?あなたの感想を教えてください。よろしければアーティストもお教えします。


2. タイミングにおける表現の逸脱を定量化する

音楽演奏は今や当たり前のように録音され、便利なメディアに保存され、いつでも再生できます。演奏者、音楽教師、学生、そして音楽を愛する誰もが、様々な録音を簡単に聴き比べることができ、これによって音楽の楽しみや学習体験を大きく向上させることができます。こうした主観的または定性的な聴覚的印象を補完するために、音楽信号処理技術は、録音された音声を数値的に分析することで、客観的または定量的な視点を提供することができます。

前述のように、演奏表現の一つの側面は、アーティストが音楽のテンポ(ペース)を遅くしたり速くしたりすることで、いかに時間を引き延ばすかということです。このような芸術的なタイミングのずれ(逸脱)は、ほとんどの人間の演奏に内在するものであり、長年研究されてきました(例:[5])。しかし、拍や小節などの音楽事象を手動でラベリングするには、かなりの時間と労力がかかるため、分析できる音楽の量は限られてしまいます。近年では、クロマ特徴の抽出[6]や動的時間伸縮法(DTW)[7]といった音楽信号処理技術が、演奏オーディオと楽譜からソフトウェアでレンダリングされた無表情なオーディオのタイミングを自動的に一致させる[8]ことに応用されています。このようにして、演奏者の表現が楽譜からどの程度逸脱しているかを定量化することができます。

ショパンのマズルカの5つの録音について、このような自動音楽同期分析を行った結果を、以下のタイムワーピングパスに示します。左の図は、実際のワーピングパスを示しており、横軸の基準時間は、一定の速度であり1分間に100個の四分音符でレンダリングされた無表情な録音(表現力がない演奏)を表しています。5つの曲線の全体的な傾きの違いは、人間の演奏の全体的な持続時間の違いを示しています。さらに、各曲線の形状や起伏の微妙な違いが見られます。これらの局所的なタイミングの違いは、右図でより明確に比較することができます。右図では、全体の演奏時間が共通範囲に正規化されており、45度の破線は無表情な演奏(テンポが一定で演奏表現が無いもの)を表しています。各演奏は同じポイント(0)から始まり、同じポイント(1)で終わりますが、その間の区間では、録音された音楽の脈動の満ち引きの個々の特徴として、共通点と相違点の両方が見られます。

DTW Normalized Warping Paths DTW Normalized Warping Paths

これらのワーピングパスを数値微分することで、以下に示すテンポカーブが得られます。これらのカーブは、5人のアーティストがこの曲を幅広いローカルテンポで演奏していたことをより明確に示しています。このような個人内および個人間のばらつきを考慮すると、公称テンポ(例:100 BPM)はあくまでも目安に過ぎません。

DTW Tempo Curves

このような定量データは興味深い演奏特性を明らかにする可能性がありますが、自動化された手法によって得られる結果は様々なパラメータ設定の影響を受けやすいことに注意する必要があります。今回の分析では、ガンマ対数圧縮を用いた標準的なクロマ特性を使用し、フレームシフトが125ms以下で、分析フレーム長の125ms で抽出し、DTW距離計量はユークリッド距離としました。これらの設定やその他の設定を変更したり、異なる音響特徴を使用したりすると、ワーピングパスやテンポカーブが多少異なる結果になる場合があります。現在のパラメータ設定でも、上図の録音Eの40小節目からの200 BPMを超えるピーク値はおそらくエラーです。ピアニストEは確かにこの部分でテンポを速めていますが、注意深く聴くと、正しい値は40小節目で約144 BPM、その2小節後に約190 BPMまで上昇していることがわかります。

自動分析結果の妥当性を確実に評価する唯一の方法は、手動で決定したタイムスタンプ、あるいはMIDIデータから算出されたタイムスタンプ(利用可能な場合)と比較することかもしれません。これは、さらなる研究への道筋となるでしょう。

翻訳: 島田 莉花


参考文献 [1] F. Chopin
Chopin's Letters, collected by H. Opienski, translated by E. L. Voynich
(a letter to his family in Warsaw, from Vienna, 22 Dec 1830)
Dover Publications (New York), 1988.

[2] F. Liszt
Life of Chopin, translated by M. W. Cook
Dover Publications (New York), 2005.

[3] The Fredyryk Chopin Institute, online
Mazurka in C sharp minor, Op.63 No.3

[4] J. C. Hadden (1903), quoting J. Seligmann who attended the 1848 Glasgow concert
Chopin
E. P. Dutton & Co. (New York).

[5] B. Repp (1998)
A microcosm of musical expression. I. Quantitative analysis of pianists' timing in the initial measures of Chopin's Etude in E major
J. Acoust. Soc. Am., 104(2), 1085-1100.

[6] T. Fujishima (1999)
Realtime chord recognition of musical sound: a system using common lisp music
in Proc. Int. Computer Music Conf., 464-467.

[7] H. Sakoe & S. Chiba (1978)
Dynamic programming algorithm optimization for spoken word recognition
IEEE Trans. on Acoust. Speech and Sig. Process., ASSP-26 No.1, 43-49.

[8] M. Müller et al. (2009)
Towards automated extraction of tempo parameters from expressive music recordings
in Proc. Int. Music Info. Retrieval (ISMIR) Conf., 69-74.


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